縁の下を支える主役。AIサーバーの心臓を握るイビデンと新光電気――日本企業が世界シェア上位の地方素材メーカー

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AI半導体が動くために、日本の小さな町が必要な理由

ChatGPTが返事を返すとき、その裏では世界のどこかのデータセンターでNVIDIA H100やH200と呼ばれるAI半導体が膨大な演算を回している。最先端のAIチップだ。

このAI半導体は、チップ単体では動かない。チップを基板に載せ、メモリと繋ぎ、電気を供給する「パッケージング」と呼ばれる後工程が必要だ。そして、このパッケージングに使われる超高精度な基板――FC-BGA(フリップチップ・ボール・グリッド・アレイ)基板と呼ばれる――の世界シェア上位を、日本企業2社が占めている。

岐阜県大垣市のイビデンと、長野県千曲市の新光電気工業。この2社が、AI時代の「縁の下を支える主役」だ(出典:Semiconportal技術解説/業界各報道)。

パッケージ基板とは何か――AI半導体の「土台」

パッケージ基板を一言で説明するなら、AI半導体の「超精密な土台」だ。役割は3つ。

  • AI半導体チップと、その周辺のメモリ(HBM:高帯域メモリ)を電気的に繋ぐ
  • マザーボード(コンピュータの基板)にチップを実装するためのインターフェース
  • チップが発する熱を逃がす経路の確保

最先端のAI半導体になると、配線の幅は10マイクロメートル(=1mmの100分の1)以下、層数は20層以上、サイズは100mm角を超える。「基板」というより「精密機械」と呼ぶべき製品になっている。

なぜ日本2社が高シェアなのか

パッケージ基板の製造には、樹脂材料の調合、超微細な配線形成、何十回もの積層・露光・エッチング工程が必要だ。1枚の基板を作るのに数週間かかり、歩留まりは低くなりがちだ。これを安定的に量産できる技術を持つ企業は、世界で限られた数社しかない。イビデンと新光電気は、何十年もこの技術を磨き続けてきた。新規参入が難しい領域とされている。

イビデン・新光電気の大規模投資

2024〜2026年にかけて、両社は前例のない規模の投資を打っている(出典:両社公式リリース/業界各報道)。

イビデン(岐阜県大垣市)

  • 大垣本社工場と新工場に、総額5,000億円規模の設備投資
  • AI半導体向けFC-BGA基板の生産能力を倍増
  • 大型基板(100mm角超)への対応
  • 従業員数約11,000人(連結)

新光電気工業(長野県千曲市)

  • 千曲工場・若穂工場で1,400億円規模の能力増強
  • 2024年に大日本印刷・三井化学と連携した経営体制も発表(産業革新投資機構関連)
  • HBM向け基板で高い世界シェア

合計すれば、岐阜と長野の2拠点で6,000億円超の設備投資が動いている。日本のものづくり史でも稀に見る規模だ。

地方都市が世界AI産業を支える、という構図

大垣も千曲も、人口10万人前後の地方都市だ。新幹線駅から30分以上かかる立地で、街を歩いても「世界のAI産業を支える地」とは想像しがたい風景が広がっている。だが、この地方都市で作られる基板がなければ、世界のAIサーバーは動かない。シリコンバレーの華やかなAIスタートアップも、岐阜と長野の工場ラインに大きく依存している。

「うちのラインが止まれば、世界中のAIサーバー出荷に影響が出る。誇りもあるし、責任もある」――業界関係者談(公開取材記事より要旨)

地方素材メーカーキャリアの、本当の価値

20代・30代の製造業エンジニアにとって、「地方の素材メーカー」は地味なイメージを持たれることがある。だが、イビデンと新光電気の実態を知ると、その評価軸は変わる。

1. 世界トップシェアの現場で働ける

パッケージ基板の世界シェアは、製造業の中でも極めて高い水準だ。「自分が作っているモノで世界が回っている」を実感できる職場は、そう多くない。

2. 技術の難易度と給与水準

パッケージ基板技術は、化学・材料・電気・機械が交差する複合領域。専門性が高く、人材の希少性も高い。両社とも給与水準・福利厚生は大手電機メーカーと同等水準にある。

3. 地方暮らしの質

大垣も千曲も、自然・教育・住宅コストのバランスが取れた中堅都市だ。「地方で世界を支えるキャリア」という選択肢が現実に成立している。

4. 投資フェーズの今、若手のチャンス

5,000億円・1,400億円の投資は、それを動かす人材を必要とする。プロセス開発、品質管理、設備管理、データ解析――幅広い職種で人材獲得が続いている。

「世界を支える地味さ」を、誇れるか

パッケージ基板は、完成品に隠れて表に出てこない。CMで宣伝されることもなく、エンドユーザーが基板の名前を知ることもない。だがその裏方こそが、現代のテクノロジー文明の屋台骨を支えている。AI時代において、世界のサプライチェーンで本当に強いのは、代替が難しい技術を地道に磨き続ける企業だ。

イビデンの歴史――電力会社から半導体素材の世界トップへ

イビデンの正式名称はかつて「揖斐川電気工業」だった。岐阜県揖斐川の水力発電を起源とする企業で、創業は1912年。電力会社、カーボン製品、プリント基板、そして現在の半導体パッケージ基板へと事業を進化させてきた(出典:イビデン公式企業情報)。「ガラエポ基板(ガラスエポキシ基板)」と呼ばれる電子部品向け基板の技術を何十年もかけて磨いた結果、世界が追いつきにくい技術領域を確立した。

イビデンは半導体パッケージ基板以外にも、自動車向けセラミック触媒担体(ディーゼル車の排ガス浄化用部品)で高い世界シェアを持つ。多面的なポートフォリオを持つ企業だ。

新光電気工業――富士通の系譜から世界トップへ

新光電気工業は、富士通グループに連なる歴史を持つ。長野県千曲市本社、長野県内に複数工場を展開。FC-BGA基板に加えて、リードフレーム(半導体チップを保持する金属枠)でも高い世界シェアを持つ。

2024年、新光電気工業は産業革新投資機構(JIC)が主導するTOB(株式公開買付)の対象となり、大日本印刷・三井化学などを巻き込む新たな経営体制に移行する方針が示された(出典:JIC公式リリース/業界各報道)。これは日本の半導体パッケージ素材を国家戦略として位置づける動きの一環だ。

地方工場で働く、というキャリア選択の現実

住宅コストの差

大垣市・千曲市の住宅コストは、首都圏と比べて大幅に低い水準だ。年収が同じなら、可処分所得が増えやすい構造になる。

通勤時間の質

大垣も千曲も、自宅から工場まで車で15〜30分が標準。満員電車での長時間通勤から離れることで、家族や自己投資の時間が物理的に増える。

子育て・教育環境

両地域とも、保育園の待機児童が少なく、自然環境に恵まれる。地方公立校の進学実績も近年は安定しており、教育環境の評価は高まっている。

素材エンジニアの仕事の中身

1. 材料開発

樹脂材料、銅配線材料、フィラー(充填材)の組成を試行錯誤する。1つの新材料を試作するのに数週間、性能評価にさらに数週間。長い時間軸で「素材の進化」を積み上げる仕事だ。

2. プロセス開発

露光、メッキ、エッチング、積層――何十工程もある製造プロセスの一つひとつを最適化する。1工程の改善が大きな利益貢献につながる。

3. 品質保証・故障解析

顧客から不具合報告が来たとき、どの工程のどの条件が原因かを突き止める。電子顕微鏡、X線検査、化学分析を駆使する仕事だ。

世界の半導体トップ企業が訪ねてくる現場

イビデン・新光電気の本社・工場には、世界の半導体トップ企業の技術者が次世代の基板仕様を協議するために訪問してくる。地方都市の工場で、世界の半導体業界の最先端会議が日常的に開かれている。20代・30代のエンジニアが、こうしたトップ企業の技術者と直接議論する機会を持てる職場は、極めて限られている。

半導体素材で日本が強い、他の領域

パッケージ基板以外にも、日本企業が高い世界シェアを持つ半導体素材は多い(出典:各社IR資料、業界統計)。

  • フォトレジスト(感光性樹脂):JSR、東京応化、信越化学、富士フイルムなど
  • シリコンウェハー:信越化学、SUMCOなど
  • CMPスラリー(研磨剤):富士フイルム、フジミインコーポレーテッドなど
  • 高純度フッ化水素:ステラケミファ、森田化学など
  • EUV露光用マスクブランクス:HOYA、AGCなど

「半導体エコシステムにおける日本の存在感」は、ロジック半導体メーカーの動向とは別の次元で評価できる。

「学歴より素材知識」という採用観

半導体素材企業の採用観には独特の文化がある。「学歴より、素材化学への理解と、長期的に手を動かす根気」を重視する傾向だ。新材料開発は5年・10年単位の取り組みで、短期成果を出せる仕事ではないからだ。地方の国立大学・高専出身者が、地元の素材企業に入って世界トップ技術を支える――この構図は、いまだに日本の素材産業の中核にある。

素材産業の今

2010年代、日本のロジック半導体メーカーは事業再編を進めた。その間も日本の素材・装置メーカーは、地道に世界シェアを維持・拡大していた。素材・装置・後工程まで含めた「半導体エコシステム全体」で見れば、日本は依然として世界の主要プレイヤーであり続けている。

岐阜の大垣、長野の千曲。地図で探すと一瞬戸惑うようなこの2つの地方都市が、世界のAI産業の重要な一角を支えている。この物語を次に書き継いでいくのは、これから手を挙げる若手エンジニアたちだ。


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