米粒の1/10、世界最小の電子部品「0402」
あなたがいま手にしているスマートフォンの中には、約800個から1,000個の「MLCC(Multi-Layer Ceramic Capacitor=積層セラミックコンデンサ)」と呼ばれる部品が入っています。コンデンサとは、電気を一時的に貯めたり、ノイズを取り除いたりする部品。電子回路の血流を整える、なくてはならない存在です。
このMLCCの世界最小サイズが「0402(ゼロヨンマルニ)」と呼ばれる規格です。寸法は0.4mm×0.2mm。米粒の長辺が約5mmと言われますから、0402はその約10分の1の大きさです。手のひらに数百個落としても、ほとんど目で数えることができないほど小さい部品です。
これほど小さな部品を、寸法のばらつきをマイクロメートル単位で抑え、誘電体(電気を貯める材料)の層を数百層にも重ねて、年間に何百億個も量産できる企業──それが、京都府長岡京市に本社を置く株式会社村田製作所です。世界のMLCC市場における同社のシェアは約4割、車載グレードのハイエンド品では5割を超え、最先端の超小型品では業界をリードする存在です。(出典:村田製作所公式サイト、東洋経済オンライン関連記事)
京都・西陣の路地裏から世界へ
村田製作所の始まりは、1944年(昭和19年)。創業者・村田昭は、京都市中京区の自宅でセラミックコンデンサの製造を開始しました。当時20代前半、戦時下の不安定な時代です。村田昭の父は陶器商を営んでおり、昭は幼いころから「土を扱う仕事」を肌で知って育ちました。
村田昭が選んだのは、当時の日本ではまだほとんど誰も手をつけていなかった「セラミックス(陶磁器の技術を電子部品に応用したもの)」の分野でした。日本人なら誰でも知る焼き物の技術──これを電子部品に応用すれば、世界に勝てるかもしれない。村田昭は、京都という「焼き物の街」に身を置きながら、半世紀先を見ていたのです。
「我々は『電気を扱う陶工』である」
これは、村田昭が社員に語った言葉として伝えられています。電子部品の精度は、まさに陶工の指先の感覚と同じ──土を練り、釉薬を調合し、火を見極める──その繊細さの上に成り立つ、というのが村田の哲学でした。(出典:村田製作所公式サイト「創業者・村田昭」)
MLCCとは何か、なぜスマホに800個も必要なのか
MLCCの構造
MLCCは、誘電体(電気を貯めるセラミック)と電極(電気を流す金属)を何百層にも積み重ねて作られます。0402サイズのMLCCの場合、数百層の誘電体と電極が、1ミリの数十分の1の厚さで重なっています。最新のハイエンドMLCCでは、誘電体一層あたりの厚みが0.5マイクロメートル(千分の0.5ミリ)以下にまで達しているとされ、これは人間の毛髪の太さの100分の1程度です。
なぜスマホに800個必要なのか
スマートフォンには、5G通信、Wi-Fi、Bluetooth、GPS、カメラ、ディスプレイ、急速充電、各種センサー──と、無数の電子回路が搭載されています。それぞれの回路でノイズを取り除き、電圧を安定させるために、MLCCが必要なのです。
- 5G対応で高周波回路が増える → MLCCの数が増える
- カメラの高機能化で電力消費が変動する → MLCCで電圧を安定化
- 急速充電で大電流が流れる → MLCCでノイズを除去
結果として、最新のスマートフォン1台に800〜1,200個のMLCCが搭載されるようになりました。10年前のスマホでは300個程度だった数が、約3倍に膨らんでいます。(出典:村田製作所IR資料)
EVが変えるMLCCの戦場
MLCCの主戦場は、いまスマホから自動車に移りつつあります。電気自動車(EV)1台に搭載されるMLCCの数は、ガソリン車の数倍と言われています。
EVは、モーター制御、バッテリー管理、自動運転センサー、車内インフォテインメント(情報・娯楽機器)と、すべてが電気で動きます。1台あたりに必要なMLCCの数は、車種にもよりますが、5,000個から10,000個と試算されることもあります。スマホ8〜10台分が、1台のクルマに入っているイメージです。
しかも、EV車載用MLCCは、スマホ用とは比較にならないほど厳しい要求性能が課されます。マイナス40度から150度までの温度範囲で動作し、10年以上の長期信頼性を確保し、振動にも耐える──民生用とは別物の品質です。
この車載グレードMLCCで、村田製作所は世界シェアの半分を握っています。EV化が進めば進むほど、村田の出番が増える構造になっているのです。
年間1兆個──想像を超える生産規模
村田製作所のMLCC年間生産量は、グループ全体で約1兆個と言われています。1兆個。日本の人口の1万倍。地球の全人類1人あたり125個。これを毎年作り続けているのです。
これほどの量を、しかも0402という超微細サイズで、不良品を限りなくゼロに近づけて出荷する。求められる不良率はppm(百万分の一)どころかppb(十億分の一)の水準です。
なぜ他社は追いつけないのか
MLCCの製造工程は、原料の調合、シート成形、電極印刷、積層、切断、焼成、外部電極形成・検査と多岐にわたります。このすべての工程で、村田は独自の材料・装置・ノウハウを内製化しています。原料の調合比率は社内でも限られた人しか知らない、と言われるほどの機密。装置メーカーから装置を買うのではなく、自社で装置を作る。これが「真似できない」の正体です。
中国・韓国メーカーが急速に投資を拡大し、汎用品では迫る勢いを見せていますが、最先端品の壁は依然として厚いのです。
地方発・ニッチトップ・グローバル
村田製作所は、京都府長岡京市に本社を置きながら、グループ全体の売上の約9割を海外で稼ぐ、典型的なグローバル企業です。しかし、その経営スタイルは派手さとは無縁。社員の多くは、京都や福井、出雲、岡山といった地方の工場で、黙々と精密ものづくりに向き合っています。
村田昭が遺した経営理念には、こんな一節があります。
「技術を練磨し科学的管理を実践し独自の製品を供給して文化の発展に貢献する」
「ニッチトップ」という言葉があります。市場全体の規模は決して大きくないが、その狭い領域で世界一になる戦略。村田はMLCCというニッチを選び、半世紀かけてそこで圧倒的なトップになりました。表に名前は出ないが、なくてはならない存在になる──これが村田の戦略です。
次の戦場──AIサーバー、6G
MLCCの次の主戦場は、AIサーバーです。生成AIの学習・推論を支えるGPU(画像処理装置)は、爆発的な電力を消費し、その電圧を安定化するために大量の超高性能MLCCを必要とします。AIサーバー1台あたりに搭載されるMLCCは、従来のサーバーの数倍と言われ、データセンターの建設ラッシュが村田の追い風になっています。
さらに6G通信、量子コンピュータ周辺機器、宇宙開発機器──すべての先端電子機器に、村田のMLCCは欠かせない存在です。スマホもEVもAIも、村田の0402がなければ動かない。それが、京都の精密ものづくりが世界の最前線で果たしている役割なのです。
村田が貫いてきた「面倒なほうを選ぶ」経営
村田製作所のもう一つの特徴は、「より難しい方を、あえて選ぶ」という選択を、創業以来一貫して続けてきたことです。MLCCの世界では、量産が比較的容易な大型品に注力する選択もありえました。しかし村田は、もっとも難しい超小型・高容量・車載グレードといった領域に経営資源を集中させてきました。
これは短期的には効率が悪い選択です。研究開発に長い時間と多額の費用がかかり、量産歩留まりの立ち上げに苦労する。しかし長期的には、参入障壁の高い領域だけが、利益を持続的に生む構造になります。汎用品で価格競争に巻き込まれず、最先端品で世界からの信頼を獲得する。これが村田の50年の戦略でした。
同じ京都に本社を置く、京セラ、ニデック、堀場製作所、ロームといった企業もまた、似た戦略を取ってきました。「京都企業」と呼ばれるこれらの企業群は、共通して「派手なBtoCではなく、世界の専門領域でナンバーワンを取る」という姿勢を貫いています。京都という都市が、伝統工芸から精密電子部品まで、「職人気質」を経営文化として継承していることの表れかもしれません。
20代・30代の製造業エンジニアへ
村田製作所のような企業を「BtoB(企業間取引)の地味な会社」と捉える人もいます。確かに、テレビCMで派手に名前を見ることは少ない。しかし、世界の電子機器のほぼすべてに自社製品が組み込まれているという事実は、エンジニアにとって誇らしいことです。
表に出ないが、なくてはならない。これは多くの日本製造業が共有する姿勢でもあります。電子部品、産業用機械、特殊鋼、半導体製造装置──いずれも世界の最終製品の裏側で、日本企業が静かに支えている領域です。
若いエンジニアがキャリアを考えるとき、知名度の高いブランドだけでなく、「世界の最終製品の中に必ず入っている部品を作っている会社」という観点を持つと、選択肢が大きく広がります。米粒の10分の1の部品を、1ミクロンの精度で、年間1兆個。次にスマートフォンを手に取るとき、その手のひらの中に京都の精密ものづくりが800個以上潜んでいることを、思い出してみてください。
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